進捗日記

うまくいくかどうかは関係ない。何事も経験だ。好きな言葉は「ダメもと」です。

📝「催促」にまつわる黒歴史

 私が小2のとき、父が事業に失敗した(たぶん)。たぶん、と言うのは、そのことについて今まで家族のだれからもはっきりとした説明を聞いたことがないからだ。我が家にはほかにも複雑な事情がいくつかあったのだが、どれひとつとしてちゃんと教えてもらったことがない。そういう家族だった。

 急に引っ越すことになり、誰にも挨拶せずに新しい家に向かった。新居はかなり古い、三軒続きの長屋のようなところで、中に入るとなんだか暗い気持ちになった。引っ越した夜、布団を横に並べて敷いて、家族みんなで手をつないで寝た。子ども心にもこれはただごとではないと感じた。明かりを消して暗闇に目が慣れてくると、古くなって黄ばんだ襖が四枚、威圧感をもって足元にそびえ立っていた。

 引っ越してほどなく、借金取り(たぶん)から電話がしょっちゅうかかってくるようになった。両親は私に電話に出るように言い、「おとうさんとおかあさんはいません」と言うように私に命じた。私は自分がそうするしかないのだと思い、素直に言われた通りにした。

 あの頃の私に言ってあげたい。子どもがそんなことしなくていいんだよ、と。

 その後の人生でも、お金では何度か嫌な思いをした。お金はないと困るけど、人の心を惑わせたり狂わせたりするのもお金だ。

 話は子どもの頃に戻るが、なにしろ家にはお金がなくなってしまったので、私はそれまで習っていたエレクトーンをやめなければならなくなった。泣きながら音楽教室に電話をすると、受話器の向こうで先生が「やめなくていいから。月謝は払えるようになったら払ってくれればいいから、とにかく来なさい」と言ってくれて、私は教室をやめなくてすんだ。時間はかかったが、のちに月謝は全部お返しした。先生は催促せずに待っててくださった。私が音楽関係の仕事につけたのは、ひとえにその先生のおかげだと思う。

 その先生に約三十年ぶりにお会いする機会があった。お嬢さんが音楽関係の仕事で活躍されていて、そのライブを観に行ったのだ。ライブの前にいっしょにごはんを食べたり、ライブの休憩中におしゃべりをしたりと、楽しいひとときだった。

 帰りしな、私が「なんだか久しぶりにお会いした気がしないですね」と言ったら、先生は「当たり前だよー。だってゆーちゃん(私)のこと、子どもの頃から知ってるんだよー」とおっしゃった。その言葉を聞いて、あやうく泣きそうになった。

 黒歴史だけじゃなくて、白歴史もあった。よかった。